全人医療はなぜ必要か

従来の西洋医学の考え方では、身体の症状があれば、身体側の原因を見つけて、それを治療するという方法を行ってきました。

 

それはそれで大変な成果を生み出しましたが、すべての病気を根絶やしにできませんでした。

それは、宿主側の疾病阻止能力というものをあまり考えなかったからです。

とくに心が影響するような心身症では、心身相関という観点から病気を考えていく必要があるのです。

 

心身医学では、からだの症状は、患者さんの悩みや心の葛藤が自律神経系や免疫系を介して表れると考えています。

また身体の症状はそれ事体がストレスとなり、悪循環を起こします。

 

したがって、Y君に治療を行う場合にも、からだと心の両方から行うことが必要です。

そのような観点から、患者の心に焦点を当てるカウンセリングなどの各種心理療法が重視されているのです。

 

ところが、Y君の心に焦点を当て治療しても、うまく治らないのです。

それはなぜでしょうか。

Y君の心の悩みや葛藤は、Y君を取り巻く家庭環境、御両親の養育や人生観に大きく影響を受けていますし、また学校の先生や友人関係にも影響を受けているからです。

 

さらにY君の身体に影響を与えている因子にも注意を払う必要があります。

不登校や引きこもりを起こすと、運動量が低下し、これがますます自律神経機能を低下させるという悪循環を起こします。

 

したがってこれらをすべて解決する必要があります。しかも患者さんにマッチしたペースで行う必要があります。この考え方が全人医療(注10)です。

 

全人医療では、Y君を取り巻くすべての環境因子を疾病発症因子、すなわちconfounding factorと捉えます。

そしてY君と保護者のニーズにあわせて、西洋医学、東洋医学にとらわれず、あらゆる方法論を取り入れて、援助を中心とした多面的・包括的支援治療を行います。

 

全人医療の具体的方法論

そこで実際に行った全人医療を示します。

まず、患者本人へのサポートです。

もっとも重要なものは、主治医との良好な信頼関係です。

それを維持するために、本人の負担にならない範囲で、できるだけ頻繁に通院させました。

 

自律神経と運動機能回復が必要ですので、リハビリセンターにおいて低血圧用の軽い訓練をしました。また両親の離婚が影響して、分離不安、困難回避傾向がありましたので、心理的サポートのためにメンタルフレンドが必要でした。

 

このような患者でとくに重要な事項は、復学など社会復帰のためのサポートです。

引きこもりや学業低下を回復するために、家庭教師による学業支援が必要です。

我々は、メンタルアソシエーツという、カウンセリングができる家庭教師を育成して、派遣しています。

 

さらに家族関係が安定するようなサポートも重要です。

母親は子育てには一生懸命でしたが、不登校になり、自分の子育てに対して自信を喪失しています。

そこで母親が自分自身へのきづきを高めるために、カウンセリングも必要でした。

このようにあらゆる角度から、多面的・包括的なサポートを実施しました。

 

◆Y君の経過

Y君のその後の経過ですが、お母様からたびたび手紙をいただきましたので紹介いたします。

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 退院の3ヶ月後には、カウンセリングをした後に、今日はもう泣いてもいいよと思えてしばらく泣きました。安堵の暖かい涙だったと思います。
気持ちが優しくなっていることにきづきました。

10ヶ月後には、私自身と同じように、子どもも自分を立て直すのにがんばっているのかな、と思えていとおしい。

時々、だらだらしてどうすんの、とつい愚痴ってしまいます。
あせらないように、自分をいましめています。

1年3ヶ月後には、Y君は音楽学校に通学し、コンサートに出演しています。
日常生活は正常化、アルバイトも始めました。母親からの手紙には、

中学を卒業して頭の上の重しが取れて…すっとしました。

私は近く転職することになりました。
私には苦手な分野の仕事で、弱い人の立場に立つとか、手を差し伸べるとか出来なくて、…自分が今度弱い立ち場になってみて、よくわかりました。

考えてみれば実にいいタイミングで、自分がひとつ乗り越えられたところへきたお話で、まるで心の動きに合わせて用意されていたかのように思えて、このままこの話しに乗ってもうひとつがんばりなさい、
という誰かしらのメッセージのような気がします。
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お母様はご自身の心にかなり落ち着きを取り戻され、自分の人生に新たなる出発を決意されるまでに成長されました。
それは主治医に当てた手紙にも読み取れました。
それにともなって、Y君の睡眠パターンも徐々に正常化してきました。

◆患者と家族への多面的・包括的サポート

●患者本人へのサポート

主治医との信頼関係は良好。→通院継続が可能。

→ 自律神経と運動機能回復支援が必要。

 

心理テスト:親からの分離不安、困難逃避傾向あり。

自立と依存の葛藤状態。→メンタルフレンドが必要

 

●復学など社会生活復帰へのサポート

友達からの疎外感による引きこもり。

学業低下。→ チューターによる学業支援が必要。

ギター演奏が趣味。→ 音楽系高校への進学希望

 

●家庭関係の安定化をサポート

数年前に両親が離婚。離婚当時は毎日泣いていた。

母子家庭。母親は患者に支配的で過干渉だが、子育てに自信喪失。

終わりに

 

→母親へのカウンセリング(洞察療法)

 

『人生は一冊の問題集』(注11)という言葉があります。

その問題集が、薄いか分厚いかは、人それぞれでしょう。

 

人生の道は平坦ではなく、さまざまな困難が用意されているかに見えます。

道の行く手には大きな岩があるかもしれませんが、その困難とも思える岩の中にこそ、

光っているダイヤモンドが埋もれているようです。

 

Y君のお母さんは、子どもが起立直後性低血圧と不登校になり、

何度も落ち込んだと言っておられました。

 

しかし、解けない問題に苦しんだ時を振り返れば、実はその時にこそ大切なダイヤモンドを手にすることができたとわかるのです。

そして親子ともに心の足腰が強くなると思えるのです。

 

自律神経失調症にかぎらず、さまざまな病気や人生の困難は大きな岩の如し、です。

しかし、くじけずに岩の中にあるダイヤモンドを手にしたとき、人の魂は光り輝きはじめるのです。

 

我々が目指す全人医療とは、そのためのお手伝いをさせていただく方法だと考えています。

(参考文献)

(注1)子どもの心の健康問題 ハンドブック

平成14年厚生科学研究補助金(子ども家庭総合研究事業)

「小児心身症対策の推進に関する研究」編

主任研究者 小林陽之助 2002

(注2)星加明徳

分担研究 小児心身症に関する研究 p24-31 

平成10年度厚生科学研究報告書(子ども家庭総合研究事業)

『心身症、神経症等の実態把握及び対策に関する研究-』主任研究者 奥野晃正 1999

(注3)田中英高

小児の自律神経失調症―心理社会的背景と全人医療の重要性 自律神経2002; 39: 38-44

(注4)大国正彦

起立性調節障害。現代小児科学体系。10D,中山書店,

東京,1984: 397-407

(注5)田中英高、山口仁、竹中義人、岡田弘司、二宮ひとみ、美濃真、玉井浩

登校拒否か?起立性調節障害か?

(フィナプレス起立試験法を用いた不登校の心身医学的鑑別診断と治療成績の検討)

子どもの心とからだ(日本小児心身医学会雑誌)1999; 7: 125-130

(注6)Tanaka H, Tamai H.

Recent advance of autonomic function test of the cardiovascular system in children.

Med Princ Pract 1998; 7: 157-171

(注7)Tanaka H, Matsushima R, Tamai H, Kajimoto Y.

Impaired postural cerebral hemodynamics in young patients with chronic fatigue with and without orthostatic intolerance.

J Pediatr 2002; 140: 412-7

(注8) 田中英高

小児の起立直後性低血圧、体位性頻脈症候群、神経調節性失神。日本小児循環器学会雑誌 2001; 17: 8-19

(注9)Tanaka H, Yamaguchi H, Matsushima r, Mino M, Tamai H.

Instantaneous orthostatic hypotension in Japanese children and adolescents: a new entity of or thostatic intolerance.

Pediatr Res 1999; 46: 691-696

(注10) 池見酉次郎

心身医学の現状と将来。子どもの心とからだ。1993; 2: 1-5

(注11) 大川隆法

奇跡の法。幸福の科学出版 東京 2002